山口吉彦アマゾンコレクション
「Sonhos de Amazonia ―ともに生きる森―」
(致道博物館にて2020年4月3日~6月8日に開催)
【精神文化】美意識と常識
その朝、父の吉彦は、アマゾン川河口の街ベレンで生まれた私を「アマゾン太郎」と名付けようと、出生登録のために軽やかな足取りで日本総領事館へ向かいました。しかし、帰宅した父は「名前は考彦になった」と残念そうに母に語りました。どうやら、総領事館から「帰国後、その名前(アマゾン太郎)では必ずいじめにあうから」と諭され、良心的な理由から却下されたようです。〝一般常識から逸れた〟考えをもつ両親をネタとした笑い話ではありますが、そこには「常識の範囲を超えた人は、世間から排除・隔離される」という日本社会におけるモラルや先入観を物語る側面もあります。
致道博物館で開催中の展覧会(6月8日まで会期を延長しています)は、自然と人間の共生をテーマに、固定観念を超え、普遍的な芸術性やアマゾン先住民の感性を率直に感じて欲しいという願いから企画しました。特に、「精神文化」に関わる資料を展示したコーナーでは、自然を崇拝する先住民たちが周りの素材を生かして作った儀礼用の装飾品を展示しています。丹精込めて飾り付けられた作品の一点一点から製作者の思いが伝わり、観る人を魅了することでしょう。
もう一つ、あるエピソードを共有します。
生まれ故郷ベレンで、ある先住民からもらった首飾りがありました。プリミティブかつ洗練されたデザインの、木の実でできたシンプルで素敵なアクセサリーです。当時、東京に住んでいた私は、そのお気に入りの首飾りを着けて地下鉄に乗ったことがあります。洋服もコーディネートし、気分も弾みました。ところが、すぐに目の前の男性のニヤニヤした視線が刺さってきました。見渡せば女子高生集団も、首飾りを見てヒソヒソ、クスクス笑っています。急に恥ずかしい気持ちに押し潰され、結局私は首飾りを外してしまいました。たしかに儀礼用首飾りを地下鉄で身に着けたことは、〝常識から逸れた行為〟だったかもしれません。しかし、それ以上に周りの視線を気にし、「アマゾン太郎」になりきれなかった自身を悔やんでやみません。一方で、今回の展示では、常識に囚われることなく美意識を楽しめるのではないかと思います。(山口考彦)
荘内日報 掲載